ぶらんどーむの名所

和霊神社
関ケ原の戦いのあと、伊達家は仙台と四国・宇和島を領土としました。宇和島藩祖は伊達秀宗。仙台藩祖伊達政宗は信頼を寄せる山家清兵衛公頼(やんべ・せいべいきみより)を秀宗の家老として送りこみました。山家は、宇和島に蔓延していた悪政を正し、民から絶大な崇敬を受けました。民の負担を軽減し、士分の者に負担を強いたことで、家老職などから不満が噴出し、7月7日七夕の夜に山家一族は暗殺されました。その後、領民たちが清兵衛を敬慕する気持ちを汲んだ秀宗が山家一族を弔い、和霊神社を建設しました。幕末、坂本竜馬も土佐藩を脱藩する際、「和霊さん」に祈願したそうです。仙台の山家家が仙台の屋敷に「和霊神社」を祀ります。
仙台では、「七夕に雨が降るのは、七夕の夜に死んだ清兵衛公頼が仙台を偲んで。」といい、仙台七夕で雨が降るいわれになっています。明治に旧仙台藩士・山家豊三郎が屋敷を開放して繁華街を作ります。これが「東一番丁」のはじまりです。仙台の和霊神社はフォーラス屋上に奉られています。
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ぶらんどーむの時計
商店街に2つあるこの時計は、昭和54年に買い物公園が完成した際に制作されました。文字盤には世界地図が描かれ、慶長18年(1613年)遣欧使節団として派遣された支倉六衛門常長が、ローマ法王に謁見した様子が彫刻になっています。
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